「寝たきり2ヶ月の夏」  


この夏初めて2ヶ月もの永い間、病のため寝たきりの耐え難い痛みが続く毎日になっ
てしまった。特別に思い当たるような原因も考えられなかった。

今から17年前の63歳のときに、腰椎の椎間板ヘルニアの大きな手術をしたあとは
、日常の生活に気をつけ、食事や運動も、自分では、かなり健康的と思う毎日を過ご
し、ほとんど毎日1時間のウオーキングや腰痛体操なども続けていた。そのためか、
この17年間は、なんの病気にもかからず、若い頃を含めても最も健康な期間だった
。

そのように、自分では健康的と思う生活を続けていたにも関わらず、5月末頃突然痛
みがでてきたのだ。症状は、腰から足首にかけて、神経の痛みと思われるような、実
に気持ちの悪い激しいじっとしていられない、なんとも表現しがたい痛みだった。 
17年前のときと、痛むところは、ほとんど同じだったが、今回は痛みの強さは、は
るかに激しかった。さらに今回は、椅子に腰掛けたとき、膝から足首にかけて、ビン
ビンと響くようになり、立っているときよりもひどくなり、椅子にも腰掛けられなく
なってしまった。

寝ていても、いくらか軽くなるものの、痛みは一晩中続き、ほとんど眠れない夜が続
いた。ただ、寝返りや起き上がるときなど、体を動かしても、さらに痛みが出ること
がなかったのは、不思議だった。

権威ある大きな病院の整形外科で、レントゲンや、MRIなどでの診察などをうけた。
検査の結果、症状からみて、前回手術した腰に原因があると思われるけれども、ひど
い痛みがでるほどの変化はないし、痛みの原因は分からないとのことで、痛み止めの
薬と座薬以外に、なんの治療もしていただけなかった。

痛み止めの薬も座薬も全く効き目がなく、そのため処方を2度変えて、3種も試みた
が、どれも痛みをやわらげることなく、ただただ痛みに耐えるつらい真夏の寝たきり
の日が続いた。

このような日が1ヶ月以上になっても、まったく同じ痛みが続いていた頃には、さす
がに色々と心配になってきた。このままずっと寝たきりになってしまうのだろうか。
病院を変えるほうがよいのでは、なんとか手術ができないのか、女流作家の夏樹静子
さんの、精神的ストレスと同じような原因なのだろうかなど次々と悩んだ。

医師にお話したところ、原因がはっきり分からないと手術はできないし、また、腰に
原因があるとしても、そこの再手術は極力避けなければならない。もう少し様子をみ
てそれからもっと専門の病院などを考えてみる必要があるかもしれないという、なん
ともがっかりするご返事だった。つらい痛みに耐える日をさらに続けなければならな
かった。

腰の手術の経験や、鍼灸マッサージの勉強をしたこともあり、それらのなかで、腰痛
などでウイルスや特別な病気の原因がない場合、長ければ3ヶ月くらい安静にしてい
ると、治るものもあるということをおもいだした。

この痛みでは、都内のどこか専門のほかの病院などに行くこともできず、3ヶ月は、
痛みに耐え、我慢の日を送るよりほかあるまいと、覚悟をきめた。

    うつそみの 人なるわれや

       襲いきし しげきいたみに ひとりよなきす

薬も座薬も全く効果がなく、体調もおかしくなってきたので、薬も座薬も全部やめた
。そうして痛みがでてから、1ヶ月半たった頃、ごくわずかではあるが、いたみがや
わらいできたようなかんじがでてきた。初めて快方に向きだしたと、あのときは、ほ
んとうに嬉しかった。色々悩んでいたことも途端にすっきりしてくるのを覚えた。

体を動かしてもそのために痛みがでないので、家の中をゆっくりゆっくり、少し歩い
てみたが、大丈夫だった。しかし、まだ長く起きていることも、椅子に腰掛けること
もできず、1日中寝ている生活に耐える日をさらに続けなければならなかった。

2ヶ月過ぎた頃から、一日ごとに歩くことも、椅子に腰掛けることも、起きているの
も、僅かずつだが永くできるようになってきた。8月に入ってからの早朝、初めて家
の近くを。おそるおそる歩いてみた。たったの5分間だったが、なんと外気の中を歩
けることは、新鮮ですばらしく、こんなにも嬉しく有りがたいことなのだろうかと大
きな感動だった。

1日1日とわずかずつではあるが歩く時間や、起きている時間も永くできるようにな
り、8月下旬になったころには、椅子に腰掛けても痛みはでなくなってきた。9月に
入ってからは、ほとんど以前の生活ができるようになった。

しかし、2ヶ月も寝たきりの生活が続いたためか、とくに足の筋肉の衰えや、体のバ
ランスの感覚などが、まだ完全に戻っていないような感じはあった。これも次第に戻
っていった。

このような経過を辿って今は、殆ど元の健康な状態に戻れたが、あの痛みが続いて寝
たきりになって、椅子に腰掛けることもできないつらいつらい絶望的な毎日を過ごし
た頃を考えると、今でもぞっとする。

今回の病気の反省や、感じたことなどを以下にまとめてみた。

1.現代の医学や、医療機器は、かなり進歩しているが、原因が分からないものが沢
山あるので、結局は自分の心の面も含めて治癒力.体力が問題になると思う。これを
高めておくように、毎日健康的な生活を送ることが大切であることを改めて強く感じ
た。

2.寝たきりの生活が続くと、筋力を初め、骨も内臓も脳も、体全体どこでも衰えが
どんどん進んでしまう。とくに老齢になるほどその衰えが早く進むし、また回復まで
の日数が永くなってしまう。

そこでなんとかこれを少しでも防がなければならないと思った。ありがたいことに、
寝たまま体を動かしてもずっと続いている痛みだけで、動かすことによる痛みは出な
かった。前回の手術以来17年、毎日続けていた寝たままできる腰痛体操を毎日、何
度もやるよう努力した。これは良かったのではないかと思っている。

3今度の診察では、レントゲンとMRIのデータによる診断が殆どだった。聴診器や肌
に触れることは一度もなかった。原因が分からなくても、血液検査や体温さえも調べ
ることもなかった。また、整形外科の痛みの場合には、体を曲げたり反らしたり、手
足などを色々動かす検査法が沢山あるのに、最も基本的なものを二つやって調べただ
けだった。

このようなことは、私の手術の病歴や、痛みのほかに症状がないことなどから、恐ら
く医師は、ほかの病気の原因があることは、疑わなかったからだと思う。しかし痛み
に苦しんでいる病人の私としては、原因をどこまでも追求して、できる限りの診察や
検査を期待し、1日でも早く痛みから解放して頂きたい心境だった。

4.整形外科の医療について、私は前々から考えていることがある。前回の手術まで
にいくつかの整形外科を受診した経験があるが、いずれの病院の医師も治療には、熱
心に取り組んでくださる。しかし、治療中や快復後のリハビリについて、熱心に指導
し、これの重要なことを強調して下さる医師に出会ったことがない。

どこの病院でも簡単な説明をするか、1ページか2ページくらいの簡単な運動のパン
フレットを患者に渡すだけだった。私が治療院で患者さんの治療をした経験からは、
鍼灸マッサージだけで、痛みを治そうとしてもなかなか効果を上げることは難しかっ
た。これには、勿論私の治療技術の未熟さにも大いに原因もあったと思う。

しかし、私がその人の痛みの症状と、体に適した運動も続けることを勧め、それを実
行した患者さんは、例外なくといっていいほど治療の成績がよかった。私は、自分の
病歴からも、治療院の経験からも、手術ができない、あるいは手術の必要がないよう
な整形外科の痛みの治療には、その人の症状と体に適した運動続けることが基本で、
体を根本的に治す最もよい治療だと思っている。

痛みがひどい場合には、手術や薬や注射鍼灸マッサージなどで痛みをやわらげること
は必要だけれども、骨や筋肉などを健康な状態にしなければ、また痛みが出てきてし
まう。手術や薬や注射鍼灸マッサージで痛みを止めるのは、体を運動ができるような
状態にしてくれるのだと思っている。手術や薬や注射や鍼灸マッサージなどで痛みが
治っても、それだけでは筋力や骨は、決して強くならない。手術後の人も全く同じで
、自分に適した運動を毎日続けることが非常に大切なのだ。つまり体を治すのは自分
なのだ。ただし、健康状態と症状に適した運動でなければ、かえって害になるので慎
重にしなければならない。

5.医療の現状は、一人の患者を長い時間かけて診察したり、適した運動などを、く
わしく説明する余裕はなさそうだし、患者が望むような病院や医師に診て頂くことな
どなかなかできそうにない。首都圏でさえこのような現状であるから、地域のきびし
さはどれほどなのかが思われる。 今度の病気は、命に直接関わるものではなかった
が、命に関わる病気の場合を考えると、医療の現状の問題を、早急に改善しなければ
ならない。

むすび

以上に色々と失礼なことも書きましたが、今は健康な体に戻れましたことに深く感謝
し、有りがたく思っております。あのひどい痛みの続いていた頃でも、しばらく様子
をみて、安静を続けさせた医師の診断は、正しかったのだと思います。私の体が、安
静を必要とし、安静を続けるように体がサインを出し続けていたのでしょう。けれど
、私は、あまりの痛みのつらさに、それからの開放や、色々と悩んだりしていたので
しょう。

多くの皆さんから、お見舞いのお言葉や、ご助言を頂きましてほんとうに有難うござ
いました。原因がよく分からないことには、一抹の不安と疑問はありますが、17年
間もまったく健康が続いていたために、心の緩みか、毎日の生活の中になにか問題が
あったのかもしれません。

私は、年齢も重ねてきましたことですし、これだらは、さらに気をつけて毎日健康な
日を送れるように心がけたいと思っています。皆さんもどうか健康にお過ごしなさい
ますように。有難うございました。
                                       (TIさん2008年10月記)
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